呂后 ライバル戚夫人を人豚と呼ばせた2300年前の中国三大悪女

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どーもそんべんです!(*’ω’*)
今週は悪女多めで紹介します!

読んでほしい人

▷権力争いに悩んでる人
女の復讐と残酷さを見たい人
夫からの愛を感じてない人
苦労人の奥さん

呂后

前漢で有名な劉邦の奥さんですね。
ちなみに呂后は中国の三大悪女として数えられてるんですよね!

生まれた年は不詳
そのころは秦の始皇帝が没、天下が乱れて荒れてました。
なので生まれはBC3世紀の半ばごろ?

ちなみに日本は歴史らしい歴史が出てきてません…。

ここらへんでやっと日本の卑弥呼様出てきます!
ここで叫びます!

卑弥呼様~!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

ドラマ化された呂后の悪女人生

父親は陝西省の名士 呂公
(呂后の本名は呂 雉)
呂后はのちの漢王朝の高祖 劉邦の妻になる
おおー!ハッピーエンド期待できそうな人です

呂后が結婚した時
劉邦は酒と女性好きのただの役人
現在の江蘇省の田舎にて「亭長」という宿場の管理人みたいな仕事
下級役人です。
どう見ても出世しそうにない…。
というあまりにも貧乏くじを引いたような気持ち…。

呂后はそりゃ貧しさショック…。

経済力も無く、すでに妻も子もいる。
なんで呂后がこの人と結婚するメリット確かにない。
けど強引に呂后を結婚させることに。

  • 鼻が高い
  • 三井が大きい
    立派な口ひげ
    父 呂公は「いい人相だ!呂后にふさわしい」と思ったとか。

父の直感でごり押し結婚って…。

2人に息子と娘も生まれる
家庭を見ないで政治に注力する旦那

呂后は土木工事の仕事もしながら家計を支える。
呂后はその妻と一緒に畑に出て鍬を振るという日々。

夫 劉邦と対立する項羽
秦王朝打倒後の覇権を争う
その時も呂后は生け捕りにされた2年間の幽閉生活

リアル結婚は墓場パターン…!!!

項羽を破って夫の劉邦が前漢を立てる

結婚して6年後
劉邦は勝利天下を統一

BC202 前漢の建国
漢(王朝)が出来ます。
やっと呂后が皇后の座につく。
子どもは皇太子に。

そして呂公は反対派を粛清。
夫の功労者忠実な旧臣たちを処刑
その家族・一族まで処刑
最大の功労者 韓信も排除。
その人に逆らう気があってもなくても捕らえる。

呂后の息子が王位に立った時、夫 劉邦の旧臣たちが絶対足手まといになる
邪魔者はさっさと消さなくては…。

そのころ夫の劉邦は女遊びにはまりだす。
もともとそんな性格だったし。
若くて美しい戚姫を溺愛、子どもも誕生

糟糠の妻である呂后がいるのに…。
人質になったり家計支えてくれた呂后が居るのに…。
劉邦ひどいよ…!

戚姫も野心があり「息子の如意を次の帝に」とリクエスト。
戚姫の子どもを王位につけるのも別にいいかなって感じ。
劉邦も迷うけど周りから反対されて実現にいたらず。

え、待って劉邦ひどいよ…!

呂后は劉邦が一度でも戚姫の要望に悩んだことに怒る。
そして戚姫を消すことを決意する。

これがえげつないほどの復讐なんです…。

死ぬより痛くて辛い復讐方法

53歳で夫 劉邦は死去
呂后の子 盈(えい)が20歳前にして帝に
BC195年 晴れて王位にたち恵帝に。

我が子が王位に就いたことで呂后の暴走はとまらない。

戚姫に罪を着せて獄中へいれる
髪の毛をかりあげて坊主に
ぼろぼろの着物
手枷足枷をつける
奴隷のように扱い、1日中石臼をひかせる。

これは序の口

12歳の如意を毒殺
如意を死に至る状況を戚姫に話して聞かせる。
そして泣き悲しむに戚姫に同性として考えられないような、
おぞましすぎる仕返しをします。
あまりにきつすぎて内容書けない…。ごめんなさい…。

ぐったりしてる戚姫の手足を切断。
さらに両目を…、耳を…。
という書いてて気持ち悪くなる刑です。
気になった方は本読んで調べてください笑

それでも戚姫は絶命しない。
もうさっさと殺してほしい言います。

呂后は戚姫に薬を飲ませます。
それは毒薬ではなく、声を出なくする薬でした…。
更に戚姫を便所に閉じ込めて人豚と呼ばせる…。
当時の中国は豚を便所の下で飼い、人間の排泄物を餌にしていたとのこと。

長い間、死ぬ以上の苦しみを与える…。
もう極刑です…。

これを呂后は自分の息子である恵帝にもみせます。
一歩間違えたら呂后も恵帝もこうなってたと示したかったのか。
しかしあまりにも惨すぎる母の行動を見て、心優しい恵帝は病んでしまいます。
そして政治をせず、堕落し、お酒に走り、23歳の若さで亡くなる。

けど実際は恵帝は劉邦と呂后の子供ではなかったとか。
劉邦は劉邦で浮気して、呂后は呂后で浮気してたとか。
どっちもどっちで、ある意味似た者同士だなあ。

恵帝は劉邦にあまり似ていなかったとか。
そのことを戚姫から聞いた恵帝は呂后に尋ねたとのこと。

その告げ口を呂后は恨んでたのかも。
戚姫は獄死
恵帝は病死
そして次の王は他人の子を実の子として偽る。
悪い手を使って計6人くらい子どもを得ます。
生みの親をみんな呂后により殺害される…。
秘密が漏れたらまずいので…。

恵帝の子 太子恭(実は恵帝の子ではない)
実の親が殺されたことを知り、呂后を恨むように。
そしてそれを知った呂后は先に手を打ち、太子恭から帝の位をとりあげて廃嫡。

呂后のプライオリティは先手必勝なんでしょうか
とにかく邪魔を消す…。

次の王はとても小さくてまだまだ幼い弘(こう)
もちろん操り人形のごとく操られます。
そして呂后は独裁体制を整えていく…。
しかも呂一族で固めていく…。

しかしBC180 60歳ほどで呂后は病死。
でも死ぬ前に呂后は敵に隙を与えるなと言い残す。
呂后は徹底した信念だな…。

その後即、劉一族と夫 劉邦の部下 周勃(しゅうぼつ)がクーデター
呂一族は政治から追い出される

でも中国の歴史家 司馬遷は
「残忍な独裁者だったが、天下は落ち着いて、国民が苦しむこともなかった」とか。

  • 秦以後の悪かった法律を撤廃
  • 階級の矛盾を緩和
  • 社会や経済を回復
    しかも発展させる…

政治家としてはやり手でした!

関連書籍☆彡

呂后の生き方から学ぶ

女の復讐って本当に怖い。そして権力と結びつくと本当に怖い。
呂后の人生を見て感じました。ライバルに対してやったことはおぞましすぎて
ブログで書けませんでした。
私はどちらかと言えば、共に苦労してきた夫 劉邦のほうが許せないなと思います。
下級役人でお酒も女遊びも大好きで、しかも捕虜にもなってるのに呂后をなんで大切にしてあげなかったんだろう
と思います。
昔のことをちょっとは思い出してくれよって感じです!

たしかにその時代女性の扱いは今みたい一夫一妻制ではなくて、妾がたくさんいて当たり前。
強い男に綺麗で可愛い女性が居て当たり前かもしれません。
だけどそれでもちょっとは気にかけて思いやりがあれば呂后のひどすぎる復讐は残らなかっただろうと思います。

ライバル戚姫もたしかにいきなり出てきて、自分の子どもを帝にして
っていうのは割とありがちなパターンですが
ここまで復讐されるなら、このおねだりは絶対言ってなかったと思います。

世界の旦那さんにいいたい、
奥さんを大切に!!!!

そしてTwitterでもボソボソとつぶやいてます笑

歴史セラピスト(@Histothera1212)

ではでは
ちゃおちゃお🐾

参考文献:悪女たちの残酷史/岳 真也/講談社
世界の「美女と悪女」がよくわかる本/島崎晋/PHP文庫
「美女」と「悪女」大全/榎本秋/新人物往来社

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