ヒュパティア 時代と宗教に翻弄されたエジプトの美しきリケジョ

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どうもそんべんです(‘ω’)
とうとうやってきましたゴールデンウィーク
外に出たり旅行に行くのもあり、部屋でダラダラするのもあり
なんでもアリだな(#^^#)

本日も紹介します
第45人目 ヒュパティア

アレクサンドリア図書館の館長を父に ヒュパティア

どんな人だったのかな?
370生〜415年没 アレクサンドリアの新プラトン主義の哲学者

370年 古代天文学者、数学者、哲学者テオンの娘として生まれる
生まれは今のエジプトですね

アレクサンドリアは地中海貿易と文化中心地として栄えた
アレクサンドリア図書館はキリスト教徒に破壊された古代最大の図書館
アレクサンドリア図書館最期の館長の娘ヒュパティア

おお!なんと勉強する環境がほぼそろった家庭に生まれますね(‘ω’)
ヒュパティアの父テオンからのDNAが強くて賢い子になっていくのでしょうか!(^^)!

父テオンより教育を受け、父テオンの著述や講義を手伝い
やがてアレクサンドリア随一の哲学生となります(#^^#)
やっぱり父テオンからのDNAが強いのかな

ヒュパティアが生きていた時代はどんな時代だったんでしょうか?

392年 22歳ローマ帝国内でテオドシウス帝によりキリスト教以外の宗教の信仰が禁止に
実は100年位前からローマ帝国内でちょっと分裂気味だったので
これ以上国の中でバラバラになるのは避けたかったんですよね(´・ω・`)
キリスト教を基盤にローマ帝国の立て直ししたい
ちなみにエジプトはプトレマイオス朝はB.C.30年に滅びローマの属国に395年 25歳ローマ帝国 東西分裂

美貌の新プラトン主義者とモテ期

400年頃 30歳 ヒュパティア新プラトン主義哲学校の校長となります
プラトンやアリストテレスの講義もしてたみたい
市を統治するローマ帝国の長官もヒュパティアのもとへ来てたらしい!

顕著な知性と美貌で各地に名が知れわたることになります。
ヒュパティアの関心は知的なモノに傾いていたので( ..)φメモメモ
ヒュパティアの容姿にメロメロでヒュパティアに近づく男(主に生徒)はガン無視

ギリシア哲学を教えつつ
天文観測器、天面天球図、液体比重測定用空気圧など発明したとの手紙が残るとのこと

ディオファントス『算術』
ペルガのアポロニウス『円錐曲線』
プトレマイオス著『アルマゲスト』という数学書に著述を

かなりのリケ女じゃないですか!(^^)!

キリスト教と迫害

ではこのころの時代や状況はどうなんでしょうか?(´・ω・`)

412年ごろ 42歳
アレクサンドリアの大司教 テオフィロスは
皇帝の許可を得て
エジプトにある非キリスト教の神殿、記念碑、文化施設(アレクサンドリア図書館)破壊

地位を受けた甥の司教キュリロスはさらに急進的
司教キュリロスとその修道士たちがユダヤ人を街から強制的に追放
暴力はますます激しくなる

415年虐殺 45歳
学校へ行く時にヒュパテアは馬車から引きずり出されて教会まで引き回され
貝殻で体の肉を削ぎ落とされる拷問を受け虐殺される

「異教徒を追放した功績」として教皇レオ13世はこのことを絶賛
司教キュリロスを「教会の博士」と聖人化

つまりキリスト教徒にとって異教徒は国を統一する上で目の上のたん瘤状態だったんですね。
やっぱり考え方とか一緒にしたほうがまとまるので。

多くの学者は隠棲または国外へ亡命
新プラトン主義思想のヒュパテアはキリスト教会組織から疑われる賢い女性の典型的な人でした。
ヒュパテアの死はつまりギリシャ哲学の衰退を意味します。
ギリシャ学問の研究は事実上ここで終えることになってしまうのです。

関連書籍☆彡

ヒュパテアの生き方から学ぶ

美しくて賢い女性だったヒュパティア。生まれた時代が不運だったのでしょうか。生まれた場所が不運だったのでしょうか。資料を読んでるときも別にこの人は何か悪いことをしたわけではありません。ただ純粋に数学や思想に励む女性だったんだと感じます。
しかしながら生まれた環境はヒュパティアにとって恵まれたものではなかったようです。今でこそ何を信仰しても勉強しても咎められません。
しかし時代や場所によってはそれが許されなかったり、ヒュパティアのように殺害されてしまう歴史があったのは確かです。その点で今生きる私たちは自由で恵まれてますよね。

色んな悩みが私たちが生きている中であると思うんですけど、理不尽なことって本当にたくさんあるし、不満もあると思います。そして自分ってついてないな、不運なことばっかだなって思うこともあると思うこともあります。
でも歴史をふりかえると自分がついてないなんて思ってること自体が幸せだと感じることもあります。
まだ自分のことを客観的に、一歩引いた立場から見れるだけでましかもしれません。

ヒュパティアの生き方がよかったかどうかは皆さんの考え次第ですが、こんな女性もいて、こんな生き方をした人がいたことが何かの生き方のヒントになればいいなと思います。
私にとって、幸せや人生を考えるヒントの一つになりそうです。

ではでは
ちゃおちゃお🐾


参考文献:歴史を変えた「美女」と「悪女」大全/榎本秋/新人物往来社
タテから見る世界史/斎藤整/Gakken
ヨコから見る世界史/斎藤整/Gakken

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