ビアトリクス・ポター自然と動物の愛を捧げ 映画以上の悲恋と結婚

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どーもそんべんです(*’ω’*)
暇なときにたまに映画を見てます!一昨日も夜に見てました
現在公開中の映画だと、何があるのかな?
有名どころだとピーターラビットですかね?

なので今回はその作者をご紹介します
読んでほしい人
▷動物や絵本が好きな人
結婚適齢期のプレッシャーと好きなことのバランスで悩んでる人

ビアトリクス・ポター

1866年
イギリスロンドンの裕福な家庭に育ちます
父は法廷弁護士 祖父は国会議員
裕福な家庭
木綿産業で成功した家で財産はかなりの金額。
ぶっちゃけお父さんは弁護士として働かなくてもお金を稼ぐ必要ってなかったんですよね。
生活にとくに支障なし、不自由もない
うらやましいよ!

お母さんヘレンはポター一家の女主人
家の切り盛りは大切な仕事です。
召使はトータル9人
当時って便利な掃除機も冷蔵庫も家事を助けてくれる電化製品がまだないんですよね。

  • 召使の管理
  • 召使の給料の支払い
  • 毎週ごとの料理の献立

これだけ身分の高いポター一家でも一族をまとめる、いわば家庭の経営は必要とされてることでした。

ピーターラビットの世界と本のベースを作った少女時代

ビアトリクス・ポターは物静かな少女でした、
芸術に理解ある親は絵を描くのがすきなビアトリクス・ポターに絵の家庭教師をつける。
才能は伸ばしちゃえ!ってことですかね
動物と絵を描くのが好き
カタツムリ、ネズミ、ウサギ、コウモリなどの小動物を飼い絵を多く描いていきます。

当時の裕福な家庭は家庭教師に勉強学ぶ。
当時の学校や教育の感覚はというと
19世紀末、男子が学校教育だけど女子は学校へ行かない。
裕福な家の女の子に必要なものは歌、ダンス、おしゃべりの仕方。
女性は仕事での成功や自立は期待されてないんですよね。
大学での授業も選挙で投票も自分の土地を持つことも許されなかったとのこと。
でも学校に行かずこの家庭教師に学んだことでビアトリクス・ポターの才能は開花されていく…。

1871~1881年 10年間
ポター一家は冬はボルトン・ガーデンズ
夏はスコットランドで過ごす

ビアトリクス・ポターは身体が弱かったんですよ
小さい頃はよく風邪をひき、頭痛にも悩まされた。
弟とたまに来る親戚の他友達はいない。
なので物思いにふけったり、家で絵を描いて勉強することに喜びを見出したようです。

ある夏、キツネの死体を見つけます。
大人には内緒で皮をはぐ、と骨だけ残るように煮て骨格を取り出す。

ちなみに捕まえたウサギを飼い、ロンドンに連れて帰る。
時には死んだウサギをはぐ、そして骨になるまでにてから骨格のスケッチをする。
やっぱりスケッチ…。

ビアトリクス・ポターは自然と出会い草花、動物なんでも写生。
ビアトリクス・ポターはプロ並みのスケッチ、遠近法を身に着けていたらしいです。
恐るべし9歳児…!

その取り出したものを台でスケッチ。旧式の印刷機もみつけて、すすと油をまぜてインクも作る。
可愛い少女にはまったくありえないような徹底ぶり。

ビアトリクス・ポターは生き物は何でも好き
カエル トカゲ イモリ 蛇 コウモリ 何でも飼育
ピーターラビットではカエルのジェレミー・フィッシャーどんとか、
ハリネズミのティギー・ウィンクルおばさんとかに変身して登場


でも動物を描くだけでなく空想して描くのも得意
変わった動物登場
動物に服を着せ、擬人化した絵を書いてます。
動物と人間の差別もなかったのかも。

ナショナルトラストと湖水地方の出会い

1882年ビアトリクスは16歳の時、初めて湖水地方へGO☆
一家の避暑地がスコットランドから湖水地方へ変わります。

この地の牧師 ハードウィック・ローンズリーは湖水地方の自然の美しさを愛してやまない人。
この地を産業化や観光化の波から守りたくて活動を頑張ります。
後のナショナル・トラストの元となる組織をすでに用意していたハードウィック・ローンズリーに
ビアトリクス・ポターは影響されることに。

ビアトリクス・ポターは小さいときから病弱で10代後半にはリューマチ熱に冒されます。
足に激しい痛みを感じ、髪が薄くなってきちゃうんですよね。
でもそれはお年頃の女子にとってつらい体験。
可愛くおしゃれしたい年頃なのに…。
何年もリューマチ熱にかかっていたとか。
この熱は感染で起こる炎症性の重い病でその当時治す薬はなかった。
なので旅行の時はだいたい両親も一緒でした。

10代後半から20代前半にかけてビアトリクス・ポターは父と一緒に行動します。
2人で博物館や画廊に行ってたらしい。
仲良し親子ですね(*’ω’*)
でも母との距離は相変わらず開いたまま…。

多感な時期はやっぱり思うこともたくさんあるのでしょうか…。
ビアトリクス・ポターは暗号を使って日記を書いていたとのこと。
ビアトリクス・ポターの死後にいとこがビアトリクス・ポターのファンの収集家に渡す。
そのあと5年かけてやっと解読
でもなんで暗号で書いたのかはいまだに謎…。
日記付けるのも大変だな…。

今でこそ晩婚化や結婚しない選択肢など色んな選択肢があります。
でも当時は結婚に対してそこまで今ほど寛容じゃないのは想像がつきます。

ビアトリクス・ポターは結婚適齢期には結婚していません。
でもどんなにつらいことがあっても絵を描くのをやめなかった。
それだけ絵を描くのが大好きだったんですね。

ビアトリクス・ポターは「印刷機がほしい」と思っていると、
伯父さんが「自分の絵を売ってかえばいい」とのこと。
クリスマスにビアトリクス・ポターは自分の絵をカードにしてみんなに送ってます。
そして伯父さんは「あの絵なら売れるって~!」ってやっぱり言う。
ということで出版社へ持ってくとある出版社がビアトリクス・ポターの絵を買うことに
クリスマスと新年のカードとして売り出されることに。
先見の明ある伯父…。

そして職業画家としてデビュー
20代になってもビアトリクス・ポターは両親と一緒にくらす
1893年 27歳の夏 ロンドンにいる知人の息子ノエル君が病気で寝ているのを知ります。
避暑地から出した絵とお話をつけた手紙。
そうこれがピーターラビットの基になったとか。

ノエル君には悪いけど、ノエル君が病気になってなかったら、
もしかしたらピーターラビット生まれてなかったかもしれないですね!

20代後半、ざっくりアラサーになるとビアトリクス・ポターの活動範囲が広くなる
親戚を訪ねてあちこち旅する、
化石をコレクション、写真を撮ったり
たしかにアラサーになるとあれこれやってみたい。
自分磨きで何かやってみたい傾向があるような気がします(あくまで気…。)
結婚しない女は自分の好きなことやはまってることに更に時間を…。
なんだか分かる、そして共感しちゃうよ!
それにビアトリクス・ポターはそれに加え凝り性。
これは、もう誰も止められないパターンですね!

ある出版社が「カエルのジェレミー・フィッシャーの話」を出版。

独身 アラサーで迷う結婚

三十路前のビアトリクス・ポター。独身。
父は病気でさらに性格が頑固になっていきます。
もともと口うるさいし、距離のある母親と折り合わない。
でもその出版は母を喜ばせます。
ビアトリクス・ポターはこんな風に思ってました。
「本に使えるお金が少しあって、独り立ちが楽しみに待てるようになれば素晴らしい」

ビアトリクス・ポター35歳、本格的な本を初めて出版
ノエル君にだした手紙の話を書き直します。
湖水地方のローンズリー牧師に相談しつつ
出版社に送ったものの6社から拒否。
やっとのことで出してくれる出版社が見つかります!
この本は即売り切れ
さらにカラーイラストにして大部数で別の出版社から出すと
即売り切れに。
自分の信じたものが即売れってそりゃうれしいでしょ!

ちなみに本ってその当時本当に貴重なものなんですよね。
当時の1ポンド=20シリング
船大工など職工の給料▶40シリング(2ポンド)/1週間
本は聖書か一家に1冊レベル
ビアトリクス・ポターの本は1シリング/1冊
なので貧しい労働家族の1日分の食費

ビアトリクス・ポターの編集者は2歳年下ノーマン・ウォーンでした。
担当編集者は創業者の息子です。
出版した本はすべて大当たり。
仕事を共にしている間に特別な信頼と友情が。
そう何かが芽生えるんですよ、何かが。
ウォーン一家と家族同士での付き合いが

1905年39歳 アラフォーですね!
ノーマンがプロポーズ。ビアトリクス・ポターはそりゃめちゃ嬉しい!
今まであくまで仕事の関係と割り切っていた二人
それまで二人きりになったことが全くない関係。
ビアトリクス・ポターの結婚に反対
でも母は会社や経営を営む商人の身分と付き合うなんてなんてことなの!ということで反対してました。
でた!とりあえず反対する母~!
やっと婚約にこぎつく。

しかし一ヶ月後
ノーマンが急性白血病で死去 ロンドンにて。
39歳でやっと理解しあえる人を見つけて一緒に人生を歩み出したのに。
これはショックすぎて立ち直れないよ。

ノーマンの死はビアトリクス・ポターに大きな影響を与え、悲しい思い出ばかりのロンドンを離れる
湖水地方のニアソーリー村のヒルトップという農場を買う

30代後半で仕事も成功、そして未婚のまま自分で購入した土地で暮らすビアトリクス・ポターに親は反対
きっと土地を買ったのも投資かと思ってたんですね。
当時は人気の地域は投資目的で購入されてました。
女性が土地や家を買うとなんとなく、もう一人で生きていくのかなと感じさせるような
腹をくくり人生をある程度決めたような感じなんでしょうか。
しかもこの時代なら、尚更なはず。

ビアトリクス・ポターは養豚からバター製造まで農場での仕事に打ち込む
ヒツジの出産もしてます。
悲しみを忘れる努力を
えらい急ハンドル…。

本を描く仕事を続け、キャラクターグッズを含めて売り上げも好調
そのお金で湖水地方の土地や家畜を買って農場の整備を続けていくことに。
そして湖水地方の有数の地主になります。

そして弁護士のウィリアム・ヒーリスに
土地の改良計画や建物の増築など計画をしているうちに
2人は長い間ともにすごすように。
ここでも何かが生まれるんですよ、そう何かが!
そして6年後ウィリアムはプロポーズ

80歳の父反対「だれが我々の面倒みるんだー!!!」と。
そのストレス?でビアトリクス・ポターは病気に。

ビアトリクス・ポターの弟がここで一肌脱いでくれました
ちなみに弟も親に内緒で身分の低い女性と結婚してすでに7年たつとか…。
親も田舎の弁護士なんて…!という理由で反対
この姉弟はなかなか結婚で苦労人。

1913年
ビアトリクス・ポター47歳ウィリアム42歳で結婚。
でもビアトリクス・ポターの心の中でノーマンは生きています。

そして結婚後
有能な実務家として能力を発揮
絵本作家、農場主、両親の介護
ずっと出版していた出版社が倒産
弟が若くしてなくなる…。
うそでしょ、弟!死なないでよ!|д゚)

ビアトリクス・ポターの実務能力にみんなが頼ってた。
はい、頼ってました。
本の印税で美しい土地をナショナル・トラストへの寄付も続けていきます。

父が死去
ビアトリクスが66歳 で母も死去
高齢により
目が悪くなってきたビアトリクス・ポター。

本を描く仕事をセーブしつつ
最期まで農場に仕事の思いをはせながら
1943年死去77歳死去

環境保護団体であるナショナルトラストに譲ることを遺言し美しい景観を守る。
高原の農場で飼育するヒツジは純粋種に限る
猟犬をつかった狩猟はだめ

そして羊飼いただ一人にビアトリクス・ポターの遺骨を散骨するよう頼んだとのこと。
彼が死ぬまで口外しないという約束があり、それを守ったとのこと

関連書籍☆彡

こっちの映画はビアトリクス・ポターの人生メイン☆彡

ビアトリクス・ポターの生き方から学ぶ

病弱で友達も少なくて、家にいて机に向かうことが多かったような女の子。
人間よりも動物のほうが心を通わせやすかったのかもしれません。
周りの豊かな自然や動物に囲まれながら、自分の特技を伸ばした恵まれた少女でした。
当時のイギリスの裕福な女の子なら結婚のプレッシャーが今と比べて大変なものだったと思います。
でもビアトリクス・ポターはなかなか結婚に踏み切らず、大好きな絵を書いて、まだ女性が
稼ぐのをよしとしない中で好きなことで生きて行こうとしています。
結果それが人生の伴侶になる男性とめぐりあうことになるけど、
プロポーズして1ヶ月で亡くなる。
人生って本当に何があるのかわからないし、どうつながるのかも分らない。
しかも土地まで買っちゃうんですが、今の時代女性で独身で土地を買うというのも勇気がいる…。
そんな中で土地を買っちゃったビアトリクス・ポター。
何があっても自然と生きて行こうとする人生の決意がみてとれます。
結婚適齢期のプレッシャーを感じる。でも趣味や好きなことをしたい。どうしよう…。
好きなことをしていたら自然と相手に会えるような、やってくるような気がします。
そもそも結婚適齢期ってなんなんでしょうかね…。

あとちなみにTwitterやってます!
ちょいちょいつぶやいてるので笑!
歴史セラピスト(@Histothera1212)

ではでは
ちゃおちゃお🐾

参考文献:
この人を見よ!歴史をつくった人々伝レイチェルカーソンポプラ社
この年齢だった!/酒井順子/集英社
「ピーターラビット」の丘から/マーガレット・S・ユアン/文渓堂

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